大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(ネ)1855号 判決

控訴人 西部開発株式会社

右代表者代表取締役 田村シゲ子

右訴訟代理人弁護士 鈴木勝紀

被控訴人 古市三郎

右訴訟代理人弁護士 岩野正

高野泰夫

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和五六年四月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

≪訴訟費用、仮執行宣言省略≫

理由

一  請求原因一の事実、同三の事実中控訴人が本件手形を受取人欄白地のまま支払のため呈示したこと、その後右白地部分を補充のうえ前記約束手形金請求訴訟(以下「本件手形訴訟」という)を提起し、前記仮差押申請をなし仮差押決定(以下「本件仮差押」という)を得たこと、昭和五六年四月三日本件手形訴訟の訴を、同年八月一三日本件仮差押申請を取下げたことは、当事者間に争いがない。≪証拠≫によれば控訴人が本件手形の受取人欄を補充したのは昭和五五年一二月一〇日以降であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、いわゆる白地手形は、後日手形要件の記載が補充されてはじめて完全な手形となるにとどまり、その補充があるまでは未完成の手形に過ぎないから、それによつて手形上の権利を行使しても効力を生ずることはなく、また後日要件の記載が補充されても署名者が手形上の責任を負うに至るのは補充の時からであつて、白地手形行為時に遡るものではないと解すべきであるから、本件手形についてなされた被控訴人名義の裏書が真正なものであり、また、本件手形の満期の変更を被控訴人が承諾していたとしても、控訴人のなした第一呈示及び第二呈示はいずれも無効であつて、手形法所定の支払のための呈示には当らないと解される。

右事実によれば法定の支払呈示期間内に本件手形が呈示されなかつたことによつて裏書人である被控訴人の遡求義務は消滅し、控訴人は被控訴人に対し本件手形の遡求権を行使することは許されないことになる。

二  右のとおり、控訴人の遡求権が消滅しているにもかかわらず控訴人は被控訴人に対し本件手形金の支払を求める本件手形訴訟を提起し、右手形金債権の執行を保全するため本件仮差押をなしたものであるから、本件手形訴訟の提起及び仮差押申請はいずれも権利に基づかない違法なものであつたといわざるを得ない。

なお、≪証拠≫によれば、控訴人は本件手形訴訟の訴取下げ後である昭和五六年四月一一日付けで、訴外中央地所株式会社の取締役である被控訴人に対し、商法二六六条の三に基づく損害賠償請求の訴を提起し、その請求原因の中で本件手形金の支払いを受けられなかつたことを損害として主張し、その後被控訴人が本訴を提起(本訴が昭和五六年四月一一日提起されたことは本件記録によつて認められる。)した後である昭和五六年九月一一日付けで前記訴訟の請求原因として、被控訴人が本件手形の原因債務である前記中央地所の控訴人に対する貸金債務につき連帯保証した旨の主張を予備的に追加したことが認められる。しかし、商法二六六条の三に基づく取締役としての責任追求は、被控訴人が本件手形に関し手形上及び原因関係としての契約上の責任を負わないことを前提とするものであるし、連帯保証人としての責任追求は、手形上の責任追求が不可能又は困難な場合に通常行われるものであるから、控訴人が別訴で右のような主張をしていること自体は、いずれも本件手形訴訟の提起及び仮差押申請が違法であるとの前記認定を左右するものではない。

三  ≪証拠≫によれば、控訴人は不動産の売買及び売買の斡旋等を業とする会社であり、訴外株式会社第四銀行から手形用紙の交付を受け不動産取引の決済手段として手形取引を行うことが数多くあつたこと、本件手形訴訟及び仮差押をするに当つて、手続を委任した控訴代理人の指示をうけた前代表者田村清が本件手形の受取人欄に被控訴人の氏名を記入して白地部分を補充したことが認められ、≪中略≫。

右事実によれば控訴人は決済に手形を使用する会社であるから、代表者である田村清は、手形上の権利を行使するには手形要件を具備した完成手形によつてなすべきであり、未完成手形である白地手形によつて権利を行使しても効力を生じないことを当然認識していたし、また認識すべきであつたといわなければならない。しかるに、前代表者田村清は、手形取引に関する注意義務を尽すことを怠り、漫然被控訴人に対する本件手形の遡求権があるものとして、控訴代理人に本件手形訴訟の提起及び仮差押申請を委任したものであるから、本件手形訴訟の提起及び仮差押申請は控訴人の過失によるものというべきである。

四  したがつて、控訴人は本件手形訴訟及び仮差押によつて被控訴人に生じた損害を賠償すべき義務があるが、被控訴人の損害に関する当裁判所の認定、判断は、以下に加削訂正するほか原判決の理由五の説示と同一であるから、これをここに引用する。

1  ≪省略≫

2  原判決一〇枚目表二行目以下を「≪中略≫しかし、右二〇〇〇万円の融資を断わられた結果どのような不利益や悪影響を受けたのか具体的に述べるところがなく、また、本件仮差押と被控訴人の妻の病気との因果関係を認めるべき証拠はほかにはない。一方、本件仮差押は決定の日から取下の日まで約六ヶ月半、本件手形訴訟は訴提起の日から取下の日まで二ヶ月余といずれも短期間で終了しているのであるから、本件仮差押及び手形訴訟により被控訴人が受けた精神的な負担は、まもなく回復したものと推認され、被控訴人が慰謝料をもつてしなければ回復できない程度の精神的苦痛を蒙つたものとは認められない。付言すれば、≪中略≫本件仮差押及び本件訴訟係属による精神上の苦痛の大半は、裏書をしていない約束手形の手形金の請求を受けたことから来るものと推察される。しかし、控訴人の本件仮差押申請及び本件訴訟提起が不法行為となる理由は、すでに説示したように、受取人欄白地のまま支払呈示をしたことを看過して訴訟行為をした点にあるのであつて、被控訴人名義の裏書が偽造であることを承知で訴訟行為をしたためではないのである。したがつて、被控訴人の慰謝料請求は理由がない。」に改める。

五  以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は金五〇万円及びこれに対する控訴人に本訴状が送達されたことが記録上明らかな昭和五六年四月一八日の翌日である同月一九日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり認容すべきであるが、その余は理由がなく棄却を免れない。よつて、当裁判所の右判断と一部結論を異にする原判決を変更

(裁判長裁判官 吉江清景 裁判官 林醇 渡邉等)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例